たまにはしんぷるな石碑を紹介しようと思います。ということで今回は、埼玉県越谷市にある、東武伊勢崎線(スカイツリーライン)蒲生駅前のモニュメントを紹介します。
この駅は複々線区間の高架駅であり、線路の東西に出入り口、ロータリーが整備されています。紹介するものは東側のロータリー内部に設置されているのですが、そこには「市制50周年」と大きく刻まれた石碑があるのです。それだけだと「越谷市の市制50周年を記念して設置されたんだな~」くらいの認識しかできないのですが、よく見るとさりげなく「越谷南ロータリークラブ 創立35周年記念」とも刻まれています。「どちらかというとロータリークラブの記念碑なのかしら?」と思いましたが・・・
裏面には、「クラブ創立35周年記念事業実行委員会」と明記されていました。「偶然市制50周年と創立35周年が重なったのかしら・・・」とも思ったのですが、確かに越谷市の市制は1958年(昭和33年)11月施行なので、設置された2008年(平成20年)11月はちょうど50周年に当たります。では越谷南ロータリークラブの創立はいつだと調べたら、1974年(昭和49年)6月とのこと。つまり石碑を設置した時点ではまだ35年を迎えていないんですよね。ということで結論、やっぱり「市制50周年」が主目的だったのだと捉えられました。まぁ、ロータリークラブは国際的な奉仕団体なので、正直クラブの創立何年というよりも、地元の記念日などを優先する意識が皆さんに根付いているのでしょうね。
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2021/04/04(日) 03:00:00 |
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前回の記事 で富良野のビールを紹介したので今回は・・・南富良野町の幾寅駅前のモニュメントを紹介します。
富良野駅 はすでに紹介していますからね。ちなみに訪問は2年くらい前だったのですが、根室本線の東鹿越-新得は2017年の台風災害の影響で、バス代行となっていました。
そんな幾寅駅前はこんな感じ。いろいろ目立ちますが、この駅は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の舞台である「幌舞駅」のロケ地として使用されました。幾寅駅の駅舎にも「幌舞駅」の看板が付けられているほか、映画で使用された車両のカットボディや、ロケセットが観光目的で設置されています。
まずはこちらの気動車から。映画ではキハ12-23という車番で登場しましたが、正式にはキハ40-764という車番の車両です。本来キハ12形という気動車は、国鉄キハ10系列の気動車であり、1956年~1980年に活躍していました。映画の撮影をするにあたり、
似たような外観の気動車 がJR北海道からはすでになくなっていたため、キハ40系の1両を改造してそれらしい車両に仕立てたとのことでした。パラミックウィンドウの前面窓をHゴム支持の窓にしたり、前照灯を1灯型にしたり、側面をバス窓にしたりと、かなり手の込んだ改造が施されました。映画の撮影後は臨時列車を中心に使用されましたが、改造によって老朽化の進行が早かったため、2005年(平成17年)に引退し、カットボディがロケ地のここに置かれるようになりました。車内は現役時のままの座席があるほか、出演者のサインも掲示されています。
他にも駅前には「だるま食堂」「ひらた理容店」「北紡毛糸」などの建物もあります・・・が、こちらは「鉄道員」で実際に使用されていた”ロケセット”とのこと。確かに実際の建物と比べると基礎の部分が異なり、倉庫のような感じになっているのがわかります。
しかしながらこちらの幌舞駅の駅舎は、”ロケセット”ではありません。本来幾寅駅の駅舎として使用されていたものを、より古めかしくリフォームしてロケに使用されたのです。実際に幾寅駅の駅舎としても使用されているので、右上にひっそりと「JR幾寅駅」の表記もあります。
ちなみに駅舎の内部は待合室として使用されているほか、映画で使用されていた道具などの展示がされています(というよりも、そっちのほうがメインですかね)。黒板の運賃表や時刻表も設置されていましたが、「広尾」とか「羽幌」とか書かれているあたり、何時頃の時代を背景に制作された映画かわかりますね。ちなみにどちらも国鉄の終わりとともに廃線となりました。
この区間はもう何年も列車が走行していないので、復活するかどうか難しいところだと思いますが、また訪問してみたいですね。
2021/03/28(日) 03:00:00 |
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今回は「日本一ちっちゃな舟橋村」の玄関である、富山地鉄越中舟橋駅前のモニュメントを紹介します。舟橋村は富山県中新川郡の村で、県内では唯一の村となっています。この村は全国の市町村の中でも最も面積が小さいことが有名ですが、明治時代の町村制施行以来、どことも合併せずに独立を保っている自治体という特徴もあるようです。
この駅は村立図書館が併設されていたり、南側にパークアンドライドの駐車場が設置されていたりするのですが、駅前自体はあまり広くありません。しかし、ランドマークとして一つ、時計台が設置されています。こちらの時計台、基本の支柱などはステンレスでできているのですが、壁画が取り付けられています。素材が黒いので少しわかりにくいのですが、富山の薬売りと・・・道のようなものが見えます。
土台の部分には舟橋村の言い伝えが書かれていたのですが、それによれば「大小河川が寄り集まっているため数多くの舟をつないだ橋があり、舟橋と言われたと伝えられている」とあります。確かによーく見てみると、薬売り歩いている道の下に、ボートのような舟が何隻も描かれているのがわかります。つまるところ、この時計台は村の名前の由来を示しているモニュメントということになります。村の玄関の駅としてふさわしいモニュメントだなぁと思いましたね。
2021/03/14(日) 03:00:00 |
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3月7日ですね。ということで今回は3月7日にちなんだ記事を・・・
3月7日・・・さんなな・・・
さんない! ・・・ということで今回は「三内丸山遺跡」の最寄り駅である、JR奥羽本線、東北・北海道新幹線の新青森駅前のモニュメントを紹介します。三内丸山遺跡は縄文時代の集落跡であり、当時の遺跡としては最大のところのようです。ポストの上に模型がありますが、このような六本柱建物跡や竪穴式住居跡があります。学生の皆さん、勉強するときは「大盛りを 3つください 3ないジョ」ってゴロで覚えましょうね(笑)
次はロータリー内部にあるこちらの時計台。こちらも三内丸山遺跡にあった六本柱建物を髣髴させるデザインになっています。下の方には説明の石碑が設置されていましたが、それによれば「縄文時計」という名前のようです。東北新幹線延伸に合わせて設置されたもののようですが、寄贈者は青森県内の17のライオンズクラブとのこと。「青森縄文」というライオンズクラブもあるんですね。三内丸山遺跡あたりの方々が会員なのでしょうか?
こちらはロータリーに隣接されている新青森駅前公園の風景ですが、石柱が何本か立っており、円の真ん中に1本意味ありげに立っているものもあります。
こちらのホームページ によれば、「パークメンテ青い森グループ」という特定非営利活動法人が管理しているようですが、青森の在来種の植物で「縄文の森」を表現しているのだとか
・・・石柱についての説明はありませんでしたが・・・ 次はステンレス製のこちらのモニュメント。喫煙所でもトイレでもありません。作者は2005年(平成17年)に国際芸術センター青森(ACAC)のレジデンシーアーティストとして活躍された、
中西信洋 氏であり、
こちらの記事 では作品についてのインタビューが、また
こちらの記事 では除幕式の様子が書かれています。よく見るとわかるのですが、ステンレスの面に模様が書かれています。これは「ストライプ・ドローイング」という表面加工であり、この作品を募集する際の「降雪を造形に組み込む」というところの工夫として施されているようです。なお、今回の画像にはありませんが、上部は赤くなっており、上空から眺めた際にねぶたや縄文文化の”火”などをイメージさせるようになっているとか。そういう話を聞くと、「かなり凝った作品だなぁ」と思ってしまいますね。
2021/03/07(日) 03:00:00 |
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今回は年始に訪問した場所です・・・といっても、1年前の年始ですが。ということで今回は、東京都八王子市にある、JR八高線北八王子駅前のモニュメントを紹介します。この駅は八高線の中でも利用者が多く、「Suica」ができる前の磁気カード「イオカード」全盛期の頃から自動改札機が設置されていました。
北八王子駅は橋上駅舎となっており、東西に入り口が設けられているのですが、紹介するモニュメントは東口側に設置されています。白御影石で作られたものなのですが、タイトルも「石の歌」と、思いっきり”石”という文字が入っています。作者はマーティン・シュナイダーという方で、1991年(平成3年)とのことですが、このマーティン・シュナイダーという方について調べていたら・・・
八王子市の紹介ページ にたどり着きました。その記事によれば「第8回八王子彫刻シンポジウム」の提出作品だったようで、タイトルを付けるまでの作者の気持ちが書かれています。、なお、結局のところ作者の詳細は不明だったのですが、先のページで「日本語をしゃべれない」と書かれているので、この1つだけを提出するために来日した海外の彫刻家なのではないかと(勝手に)思っています。
あ、そこ・・・「ココナッツサブレ食べたい」とか、言っちゃだめですよ。そんなこと言ったら、私と同じになっちゃいますからね。。。はい、最近ココナッツサブレをよく食べます。安売りしていることが多いのですが、4袋に分かれているので、夜中の小腹が空いたときに丁度いいんです。。。
2021/02/21(日) 03:00:00 |
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今回は埼玉県幸手市の玄関である、東武日光線幸手駅前のモニュメントを紹介します。この駅は昨年に橋上駅舎が完成し、東西に出入り口が出来ました。
まずは従来の駅舎があった東口から。ここには「東武鐵道日光線開通紀念碑」という古い石碑が設置されています。東武日光線は1929年(昭和4年)に開通した路線であり、この幸手駅は同年の4月1日の杉戸(現・東武動物公園)-新鹿沼開業の際に設置されました(ちなみに同年の10月1日には東武日光まで全通しています)。そのためこの石碑も1929年(昭和4年)に設置されたものと思われますが、左端には「東武鐵道株式會社長 根津嘉一郎書」と刻まれています。この”根津嘉一郎”は年代から察するに、以前紹介した
東上線北池袋駅の記念碑 の書者である2代目ではなく、初代の方になると思われます。
ここからは新しくできた西口側からご紹介。まだあまりお店とかはできていないですね。ここにはいろいろとモニュメントが設置されていますが、まずはロータリー内部のこちら。サクラの花のようなものがたくさんありますが、
幸手市のホームページ によれば、幸手の市の花が桜とのこと。ちなみに市章にも桜が使用されています。なお、この時計台自体は、幸手ロータリークラブ50周年記念事業として設置されたものとのことです。
次に紹介するのは、サボテンの上にサボテンが生えているようなデザインの石碑です。なんだか不思議なデザインですね。しかしタイトルにはサボテンの”サ”文字も無く、「幸せの予感」とのこと。”幸手”なので”幸せ”を組み入れているのでしょうけども、新たな生命の誕生・・・みたいなものを表現しているように見えますかね。なお、英語表記もありましたが、そちらは「Bliss of life」なので、直訳すると”人生の至福”になります・・・予感はどこへ行った?ちなみに作者は地元出身・在住の彫刻家・
小林晃一 氏とのことです。
最後はベンチのようなもの。おそらく上記の「幸せの予感」と同じ黒御影石で作られたものと思われますが、タイトルなど詳細は不明です。皆さんこの造形、何に見えますか?双葉とかですかね?ちなみに私は所見で「クジラの尻尾」だと思ってしまいました。今思い返せばなぜクジラが頭に浮かんだのか、不思議です・・・
2021/02/14(日) 03:00:00 |
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だいぶ日にちが経ってしまいましたが新ネタを。毎年おなじみですが、お正月に京急空港線穴守稲荷駅のコンちゃんに会ってきました。
【参考:過去のコンちゃん】
・
第1回 ・
第2回 ・
第3回 ・
第4回 ・
第5回 ・
第6回 ・
第7回 ・
第8回 ・
第9回 ・
第10回 ・
第11回 ・
第12回 ・
第13回 ・
第14回 ・
第15回 ・
第16回 ・
第17回 ・
第18回 ・
第19回 ・
第20回 ・
第21回 ・
第22回 ・
第23回 ・
第24回 今回は・・・
あれ、去年 とおなじじゃね? ・・・というツッコミ去年もやりましたね。
詳しいことはわかりませんが、前回訪問時(9月)には違う服に着替えていたので、お正月の正装がこの服なのかもしれません。大きな違いはお手製のマスク!前回訪問時もマスクを着けていましたが、今回のものはまた違うマスクとなっていました。なんだかんだコロナが流行しだしてからは2回目の訪問だったのですが、それまでの間にも何回かマスクは変わっていたかもしれませんね。ちなみにお正月飾りとか、お餅とかいろいろ置かれてにぎやかになっていました。
ちなみに毎度毎度お正月にここを訪問するのは、対岸の京急大師線のお正月ヘッドマーク付き列車を撮影する際に、途中で立ち寄るからです。訪問日は1月2日だったのですが、今年はコロナの影響で川崎大師の参拝客もかなり少なく、いつもなら混雑している列車も空いているようでした。とはいえ、ヘッドマークの取り付けと臨時ダイヤでの運行は例年通り行われており、今年も2種類のヘッドマークが取り付けられて運転されていました。丑年なので、牛の絵が描かれていますね・・
・これを見てGatewayのパソコンを思い出したのは流石に私だけのハズ・・・
2021/01/31(日) 03:00:00 |
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今回も埼玉県から。今回は東武伊勢崎線と日光線が分岐する、宮代町の東武動物公園駅のモニュメントを紹介します。この駅は昔は「杉戸」という駅名でしたが、杉戸町は隣の町であり、本来杉戸町にある駅は杉戸高野台駅のみとなっています。
この駅は従来から整備されている東口と、近年整備された西口の2か所の入り口がありますが、今回紹介するものは西口にあるものになります。まずは上の画像のものですが、線路の分岐部分に設置される”転轍機(てんてつき)”です。今では信号連動となっているのでこのようなレバータイプのものはあまり見かけませんが、同様のものは
大井川鐵道新金谷駅 にもありましたね・・・って、そちらも駅前モニュメントでしたが。この転轍機はもともとここにあった、東武鉄道の杉戸工場で使用されていたものとのこと。杉戸工場は1943年(昭和18年)から、主に短い編成(4連まで)の検査を行っていましたが、2004年(平成16年)に長い編成の整備を行っていた西新井工場とともに南栗橋へ機能移転したため、閉鎖となりました。そして跡地にこの広場が整備され、その際にモニュメントとしてここに転轍機を設置したそうです。
同じく広場には線をを使用したモニュメントもありました。これも杉戸工場で使用されていた線路でしょうか?枕木は・・・流石にただの木でしょうか?なんか長さもまちまちですし・・・まぁ、普通線路は枕木にビス止めされますからね。
これはおまけ画像。ろくな画質ではないのですが、杉戸工場があった時代(まだ私が子供だった頃)のものです。8ミリビデオで撮影した映像を流しているブラウン管テレビ画面を、大昔のデジカメで撮影したデータが、PCの中に眠っていました(何台HDDを乗り継いできたのだろうか・・・)。右側は7800系、左側は6000系の車体であり、この工場に長らく留置されていました。保存目的か何かで残していたのでしょうかね(結局は解体されてしまったようですが)。ちなみに同じく杉戸工場には5700系も2両保管されていましたが、そちらは1両が東武博物館に展示されています。
2021/01/17(日) 03:00:00 |
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遠方へ全く行くことなく、年末となってしまいましたね。本日は本年の最終更新日となりますので、例年通りどん詰まり駅からネタを紹介しようと思います。直近の訪問ではありませんが、今回はJR室蘭本線の支線の終点である、室蘭駅前のモニュメントを紹介します。路線名が”室蘭本線”なので、支線の終点というと違和感もありますが、室蘭市の市街地は絵鞆半島の中にあり、付け根にある本線の東室蘭駅から市街地までアクセスすべく分岐しているのです。
まずは駅を出てすぐ目に付くこちら。「ようこそむろらんへ」と書かれていますが、形状は地球儀のように見えます。なぜ地球儀なのでしょうか・・・明確な根拠ではないのですが、室蘭市・絵鞆半島の南部には「
地球岬(チキウ岬) 」という岬があり、太平洋を広く望むことができる場所があるので、地球儀にしているのかもしれません。個人的には時点の軸を表現するために、少し斜めになっているところがツボでした。
次に紹介するのは駅前を通る港大通に面するところに設置された、こちらの石碑です。勇ましいクジラが真ん中にドーンといますが、左下にには小さなイルカがちらほらいます。そして背景にはレインボーブリッジのような大きな橋が描かれています。タイトルは「クジラたちの祝福」で、この道を北に進んだところで室蘭湾にかかる「白鳥大橋」の開通を記念して設置されたものらしく、クジラたちが橋の開通を喜ぶさまを表現しているのだそうです。制作は浪越石材店株式会社とのことですが、その名前に上に「石のトータルプランナー」と書かれているのが、少しかっこよく感じます。
次は室蘭駅前通りの向かいにある”
港の文学館 ”の前に設置されている、「棟方志功版画碑」です。棟方志功の版画については、以前
JR城端線福光駅 でも紹介しましたが、今回ここに石碑として設置されている版画は、「ムロランハンガヒノサク」というタイトルで、測量山から山頂から室蘭港と有珠山を望んだところを表現したものだそうです。もともとは1957年(昭和32年)に室蘭水族館に石碑があったようですが、1997年(平成9年)にここに移設再建されたようです。ちなみに私が訪問した後に、ここにもう1つ石碑が設置されたそうですが・・・またここに行くことができるようになるのは、いつになるでしょうかねぇ・・・
・・・といったところで今回はお開き。また年明けにお会いしましょう・・・ってゆーか、面と向かって会う人はいませんけどね(笑)
2020/12/30(水) 15:00:00 |
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