とある日・・・というか、ここ数か月私が外出した日はほとんどないのですが、東京都青梅市の河辺駅前の温泉施設に行った帰りに、ラーメン食おうとラーメン屋に入りました。

駅の南側にある、昔からありそうなラーメン屋さんに入ることに。お店の名前は「らーめん天海」で、餃子も推しているとか。入店時期が画像に写っている文字の時期ということもあり、お客さんはほとんどいませんでした。そういうこともあり、店主のおじさんがいろいろと気さくに話しかけてくれました。ちなみに注文したのは、いつも通りごく普通の「ラーメン」なのですが、出てきたのは・・・

レモン?ラーメンにレモン?これは初めて見かけますね。ちなみに東京界隈で普通のラーメンを頼むとしょうゆ味であることがほとんどですが、このラーメンはどうやら塩ラーメンのようです。塩味にレモン・・・なんかカップ麺とかにありそうな組み合わせですかね。スポーツドリンクとかと同じように、夏場の水分補給とかに向いているのかね。ちなみに濃度はちょっと濃いめですかね、コショウもあらびきなので、全体的に濃いめの味になっています。
昔からありそうなお店ではありますが、こういう個性的なラーメンを提供するお店ってどれくらいあるんでしょう?こればかりはいって食べてみないとわからないかな・・・
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- 2020/03/29(日) 03:00:00|
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今回は茨城県北茨城市にある、JR常磐線南中郷駅前のモニュメントを紹介します。常磐線は日暮里から隣の高萩までは、1000人くらいの乗車人員は最低ある駅が続いていたのですが、この駅は500~600人ほどの乗車人員であり、いわき以南で一番利用者の少ない駅となっています。

そんな小規模な南中郷駅ですが、駅前には大きな石碑が1つ設置されています。「頌徳」と書かれているので、地元の人物の頌徳碑であることがわかります。土台に設置時期が書かれていますが、「昭和四十五年十月」と書かれていますので、約50年前に設置されたものであることがわかります。

そんでもって、誰の頌徳碑なのかというところに入っていきますが、本文の冒頭にいきなり「赤水先生」と書かれています。ん、どこかで聞いたことがあるような・・・あ、隣の
高萩駅前に立ってた銅像の人じゃないですか。ということで、この石碑は江戸時代の地政学者・長久保赤水の頌徳碑であることがわかります。本文には高萩駅同様「日本輿地路程全図」についての記載や、享和2年(1802年)に没したことが記されていますが、この南中郷に設置されている理由として、高萩市の赤浜の出身であることがあります。この駅自体は北茨城市にあるのですが、すぐ南は高萩市となっており、赤浜地区はそのすぐ隣の地区なのです。江戸時代は市とか概念もなかったと思いますので、十分地元の有名人として取り上げるには要素が足りていると思いますね。銅像もこちらにあれば・・・と思うこともありますが、高萩駅は市の玄関の駅でもあるので、そこは難しいところですね。利用者数も桁違いですし。まぁ、銅像と子の石碑ともに、この地区において長久保赤水の称えられている様子がよくわかるものではないでしょうかね。
- 2020/03/22(日) 03:00:00|
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今回は山形県最上郡真室川町の、JR奥羽本線真室川駅前のモニュメントを紹介します。この駅は新庄方面から折り返す列車が設定されており、私も折り返し時間でここを訪問しました。

上の駅名標の隣には、地元の民謡である「真室川音頭」をモチーフにした石像が設置されており、土台の部分には「私しゃ真室川の梅の花 あなたまたこの町の鶯よ 花の咲くのを待ちかねて 蕾のうちから通って来る」という歌詞が書かれています。真室川音頭は8月の真室川まつりで踊られるようですが、その画像を見た感じでは笠を被って踊るようです。この像の形状だと・・・頭巾を被っているようにも見えてしまいます。なんというか、マトリョーシカ人形みたいです。

次は駅舎の隣に設置されている休憩スペースの隅っこに置かれていた小さな石像です。小銭がたくさん目の前に置かれていますが、七福神の大黒様でしょうか?右の下にあるものが福袋だと言われればそんな気もしますが、大黒様は打ち出の小槌を持っていたはず・・・とすると、違う神様?恵比須様は・・・鯛と釣り竿なのでもっと違う気がします。ちなみに文字が書かれていますが、制作した石材店の名前が書かれているようです。
なお、駅には「森の停車場」という地元の産品を販売する売店が併設されています。駐車場も広く整備されており、道の駅みたいな役割も果たしているようです。
- 2020/03/15(日) 03:00:00|
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秋葉原にPCパーツを買いに行ったのですが、夜だったので晩飯を食おうかと・・・

ミドルタワーの筐体を手で持っているのに、神保町まで歩いてきました(笑)。ということで今回は、神保町のキッチンカロリーに入ります。カロリーは聖橋のほうにもありますが、そっちの店はかなり狭いので、筐体持っては入れないでしょう。ということで、広めのこちらにやってきました。昔この辺りでは、カロリーと
バンビという、似たような洋食屋がしのぎを削っていたのですが、バンビは閉店してしまい、こちらだけが残っています。最近はカレー屋が増えてきているようですがね。

ほんでもって注文するのはオーソドックスな”カロリー焼”。750円になっていたけど、値上げしたなぁ・・・前はもう少し値段が低かった気がします。以前バンビでは「ドカン」という鉄板焼きを食べましたが、そちらは豚肉でした。一方でこちらはお肉が牛肉になっています。もともとニンニク醤油で味付けされているのですが、食べるときにはテーブルのニンニク醤油を足して食べるのが基本・・・かな?肉の下にはスパゲティがあるのですが、ライスもついてくるので、名前の通りカロリー満点の品になっています。個人的にちょっと気になったのは、肉質前より下がったかね。たまたまかな、前のお肉のほうが食感がよかったような気もします。
ちなみにこのお店の中で一番少量なのがこれ。カツとかハンバーグとか乗せたメニューとかもあるので、ガッツリ食べたい人はそういうのを注文してもよいでしょうね。
- 2020/03/08(日) 03:00:00|
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西湘地区のネタはここで一区切りしようかな・・・。ということで今回は、神奈川県小田原市の、JR東海道本線と御殿場線が分岐する国府津駅前のモニュメントを紹介します。ちなみにこの駅は313系が乗り入れる再東端の駅になります。”国府津”という駅名は行き先にもなっているので知っている人は多いと思いますが、実際に何があるところなのか知っている人はあまり多くないはず。というか、普段の駅の利用者自体はあまり多くありません。しかし私が訪問した日は箱根駅伝の復路の碑だったため、駅のホームや改札に行列ができるくらい混雑していました。

そんな国府津駅前には石碑が1つ設置されています。人が多くて撮影が難しかったのですが、なんとか人の影が目立たない1枚を撮影することができました。この石碑は国府津駅開業100周年記念碑であり、1987年(昭和62年)7月11日に設置されたものになります。ちなみにこの駅が開業した1887年(明治20年)7月11日は、横浜からこの駅まで東海道本線が延伸された日と同じになります。この先、東海道本線(現・御殿場線)が御殿場方面へ延伸するのはその2年後ですが、山越えのために列車を後押しする機関車を連結する必要があり、この駅には特急列車もすべて停車していたそうです。小田原方面には1888年に小田原馬車鉄道が開通していることもあり、昔から交通の要所だったことがわかります。なお、石碑上部に彫られている機関車はD52形蒸気機関車で、鉄道唱歌の「国府津おるれば馬車ありて 酒匂小田原とおからず 箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より」という歌詞が書かれています。寄贈者の名前が側面には書かれていましたが、一番上の「
東華軒」は小田原駅・熱海駅の駅弁を製造・販売している会社ですが、実は国府津駅前・ロータリーの向かいにも店舗があります(でも、そこで買ったら”駅弁”じゃなくて普通のお弁当だよなぁ・・・)。
- 2020/03/01(日) 03:00:00|
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