今回はJR上越線と上越新幹線の接続駅である、新潟県南魚沼市の浦佐駅前モニュメントを紹介します。

東口から紹介しますが、まずはやっぱりこれ。浦佐駅といったら田中角栄像、田中角栄像といったら浦佐駅ですね。田中角栄についての説明は今更する必要もないかと思いますが、浦佐駅については説明しましょうかね。そもそも上越新幹線自体、政治の力が働いたといわれていますが、その中でも政治駅としてよく挙がるのがこの駅。南には六日町、北には小出という特急停車本数がここより多い駅がありましたが、新幹線の停車がここになったことがその要因のようですが、六日町は越後湯沢に近すぎるとか、小出に通すと遠回りになるとか、諸説はあるようです。ただ、個人的にはここに銅像を立ててしまっていることが、政治駅として見られる要因を作っているのではないかと捉えています。似たような
岐阜羽島駅にも銅像ありましたからねぇ・・・

次からは西口のモノを紹介。浦佐の案内図があるのですが、そこの左側には蝋燭のモニュメントが設置されています。蝋燭には「裸押合祭り」と書かれていますが、そのお祭りは案内板右下の写真のお祭りで、近くの普光寺(浦佐毘沙門堂)にて毎年3月3日に催されます。普光寺のホームページに
紹介ページがありますが、それによればもともとは五穀豊穣・家内安全・身体健康を祈り祝宴を歌い踊るものだったようですが、徐々に参加者が増えて押し合うようになり、裸になるものも出てくるようになって、そこから裸で押し合ってご本尊に近づくお祭りになったようです。蝋燭はそのお祭りで使用されるもののようなのですが、1つ30~50kgもあるもので、製造工程は地元の北村家に秘伝として伝わっているようです。ちなみに3枚目はロータリー内部の看板ですが、こちらも蝋燭の絵に裸押し合い祭りのPRとなっているので、この地域がいかにこのお祭りをPRしたいかがわかりますね。

ちなみにロータリーの入り口には、普光寺(毘沙門堂)の案内モニュメントが設置されています。寺の絵が描かれていることに加え、蝋燭を持った人も描かれています。上の部屋にいらっしゃるのは、不動明王でしょうか?炎みたいなオーラが出ているのは不動明王のイメージがあるのですが、仏様に詳しくないので実際はどうだか・・・

次は「浦佐駅西土地区画整理事業」の記念碑です。裏面には「昭和五十三年十一月」という年月の記載がありますが、その年月は上越新幹線が開業した時ですね。上越新幹線開業に合わせて駅前整備を行った記念碑ということがわかります。ただ、この手の区画整理事業って、駅の裏側で行われることが多いのですが、浦佐駅は西口が旧来の市街地があるところなので、メインの入り口側を区画整理したことになるんですよね。それにしては、今は東口側のほうが活気があるような気もするのですが・・・これ以上は田中さん達に怒られそうなのでやめておきましょうかね(笑)
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- 2019/11/03(日) 03:00:00|
- 駅前モニュメント
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