今回は「京急線の跨線橋にたまにJRの電車が停まる駅」こと、神奈川県川崎市川崎区の京急線・JR南武支線の八丁畷(はっちょうなわて)駅前のモニュメントを紹介します。駅の管理は京急が行っており、普通のみ停車ながら京急の列車本数はそこそこあるのですが、南武支線は1時間数本しか列車が来ないため、存在感がほとんどありません(駅舎の駅名標にもJRの文字が無いくらいです)。

ここの駅のある場所は旧東海道の川崎宿の一画だったため、いたるところに「旧東海道」と記された石碑などが設置されています。当然ながらこれから紹介するものも、旧東海道および川崎宿に関するものです。

京急の移転前の西口改札付近にある、「慰霊塔」と書かれた石碑と観音様です。塔婆まで立っているのが、人の多く集まる駅としては少々不気味にも感じられます。ちなみに何の慰霊塔なのかについては、ちゃんと説明板が用意されていました。それによれば、江戸時代以降戦後になってもこの場所では、江戸時代の人間の特徴人骨が多く掘り出されていたようです。人骨については、江戸時代の記録に川崎宿では災害や疫病などで多くの人々が亡くなっていると書かれていたことから、身元不明者をこのあたりでまとめて埋葬したものと推測されているようです。そしてその亡くなった人々を供養すべく、1934年(昭和9年)に川崎市がこの慰霊塔を設置したとのことです。ちなみに京浜電気鉄道(現・京急)の八丁畷駅の開業は1916年(大正5年)であり、南武支線が南武鉄道として乗り入れ開始したのも1930年(昭和5年)なので、この像は両路線が乗り入れた後に設置されたものであることがわかります(むしろどっちもそんなに古い路線なのか・・・)。

次は歌川広重「東海道五十三次」の3番目である「川崎」の絵をモザイクパネルで再現したものです。設置されたのは2001年(平成13年)であり、製作したのは川崎市川崎中学校美術部の、平成12年卒業生とのこと。今まで
高校生の卒業制作や
芸大生の卒業制作が設置されているところはありましたが、中学生の卒業制作が設置されているところを紹介するのは今回が初めてです。公立中学だと自分の家の近くということになるので、家の最寄り駅とかに自分の作品が飾られるというのは、製作者にとってはうれしいことでしょうね。ちなみに原画は
こちらで見ることができますが、このパネルは原画の右上3分の2くらいのところだけを再現している模様です。舟のところが無かったのが少し残念かなと思います。
そういえば南武支線には新しい駅が設置されるみたいですね。でも乗換駅であるこの駅ですらこの存在感の無さなので、駅を作ったところで利用する人がいるようには思えませんが・・・
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- 2015/03/17(火) 18:00:00|
- 駅前モニュメント
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