今回は広島県大竹市の、JR山陽本線大竹駅前のモニュメントを紹介します。分量が多いので、2回に分けて紹介していきます。

まずは駅前ロータリー内部にある、「広島の西の玄関 人の和と産業の街 大竹市」という石碑です。これは大竹市の市制30周年を記念して、1984年(昭和59年)に設置されたもののようです。西の玄関・・・というものの、大竹駅は実は広島県の最西端でもありながら、最”南”端の駅でもあるので、南の玄関と言っても間違いではないでしょう。ちなみに産業の街というのは、工場がたくさんあったり、貨物列車が発着したりしているので、しっくり来る表現かなと思います。

次は上の石碑の隣にある、「和」というモニュメントです。作者は
JR宇部線宇部新川駅前の「そりのあるかたち」の作者で、東京スカイツリーのデザインにも携わった、彫刻家の澄川喜一氏のようなのですが・・・上に乗っている石の形状は大竹市の市章の形になっています。となると、デザインしたのは市章の下の台の部分ということになるのでしょうか?確かにスカイツリーの形状と似ていなくもないですが・・・

次は上のモニュメントとはロータリーの反対側の場所にある、鯉のぼりのストーンアートです。これは「明るい社会・まちづくりと子供の健全育成はあいさつから」を原点にして、「暴力監視追放協議会・HELLOの仲間」が2005年(平成17年)に設置したものだそうです。大竹市の伝統工芸品に「手すき和紙を使用した手描きこいのぼり」というものがあり、鯉のぼりとの関連はそこからでしょう。ちなみに素材の石は、1990年(平成2年)の弥栄ダム建設の際に採取されたものとのこと。まぁ、これくらいの大きな石は工事でもしない限り出てこないでしょうからねぇ。

次もストーンアートですが、こちらは石の表面を平らにし、そこに日本画のようなタッチで絵がかかれたものです。これは幕末の芸州(大竹口)の戦いの際に、幕府軍・彦根藩の斥候である竹原七郎平と曽根佐十郎が小瀬川を渡っている様を描いている模様です。ちなみにこの後2名の使者は長州藩によって狙撃され、そのまま戦闘開始となったそうな。ちなみにこちらも「大竹市暴力監視追放協議会」と書かれているので、上の鯉のぼりと同じところが設置したものと思われます。
後半へ続く・・・
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- 2017/12/19(火) 18:00:00|
- 駅前モニュメント
-
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| コメント:4
> こいのぼりモニュメントかっこいいですね(^_^)
こんばんは。
石を加工しているので、
断面の形状などからなんとなく
こいのぼりの勇ましさが上手く出ていますよね!
- 2017/12/21(木) 23:47:26 |
- URL |
- カタばみ #-
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弥栄ダム現場を駆け回ったのは昭和59年春から昭和61年、24時間体制でした。
2か月前に、完成した姿に初めて会ってきました。
感慨無量でした。
関戸への狭い小瀬峠も、レンタカーではしりました。ありがとうございました。
- 2018/02/17(土) 15:34:04 |
- URL |
- さすらいの道産子 #-
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> 弥栄ダム現場を駆け回ったのは昭和59年春から昭和61年、24時間体制でした。
> 2か月前に、完成した姿に初めて会ってきました。
> 感慨無量でした。
> 関戸への狭い小瀬峠も、レンタカーではしりました。ありがとうございました。
こんばんは。
実際に工事に関与されていたのですね。
私は弥栄ダムについては全然知らなかったので、
このモニュメントがその切欠となりました。
- 2018/02/17(土) 21:44:06 |
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- カタばみ #-
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